読むことと書くこと

読むことと書くことが私の一生の仕事なのだろうと思う。昨日そう思った。

読み書きというのは、活字を読み、書くということに限らない。

漫画を読み、映画を観て、音楽を聴くことも、人と会って話しあうことも、イベントを主催することも、組織を運営することも、すべてが読み・書くことであって、インプットすることとアウトプットすることだ。

最近、子どもが欲しいと思う。血の繋がった子どものことではない。世界のいろんな受け止め方、考え方を伝えるような相手のことだ。
自分が死ぬ時に、子どもたちを残す。そんな何十年後に向けて、もっと感受し、与え、強くならなければならない。

はい、今日も不安定ー!

どうも、イベントがある休みの日はきつさがありますね。

参加側ならよいのですが、主催側だと。

現地に行くだけで、頑張った感じ。

でもそんなこと誰にも言えないし。

「本当はもっと頑張らなきゃ」って思っちゃう感じ。

 

あと、イベントのとき笑顔つくるのは、大丈夫なんだけど。本当に楽しさもあるし。

でも、つくりかたは同じなのに、仕事の時も繰り返しおんなじことしてるの、そっちは辛い。ていうか嫌だ。

本当は嫌なのに、ほかの手段がわからない。これがベターだってわかってる。

イベントも近づいてきて、仕事をしたりぐったりしていると土日が終わりますね。土曜の夜は泣いてました、デトックス

 

日曜は藤井四段が森内九段に勝ちました。

私が彼の天才ぶりを感じる点のひとつは、「将棋が好きで指していて、将棋のプロになった」ということです。

指したくない気持ちになったことがない(インタビュー記事からの推察で、一度もないかは分かりませんが)というのは、なかなか稀有なことです。

自分が好きで始めたこと、決めたことであっても、辛いことや上手くいかないことがあって、続けるのが厭になることがあるのが普通の人間だと思うから。

たまたま出会い発見した好きなものが、自分に合っていて、そして社会的にも認められ、歴史的なことを為すというのは、とても輝かしいことだと思うのです。それが思春期ただなかの少年の為すことだから、なおさら眩しい。

これから、「普通」の経験も、「普通じゃない」経験も、たくさんするんだろうなあ、

でもきっと彼はそれらに負けない強さ(人間としても、棋士としても)を持ってるんだろうなあ、と夢を託してしまいます。

がんばれー、藤井四段。

寝たくない…。色々やってみたけど全然寝たくない。

 

二村ヒトシによると私は、愛しているのではなく恋しているらしい。相手のありのままを受け入れるのが愛すること、自分のして欲しいことを求めるのが恋すること。なるほど、私はめちゃめちゃに恋している。

あーこのまま人生終わってもおかしくないな想像できるな終わるなって感じがそこまできて、実存の問題に近づいてもなお、単純に、私は恋をしているし、明日とかは無関係に寝たくない。

人生、無意味。虚無。ってことを想ってもなお他人を恋するというのは、なかなか、これは手に負えないのではなかろうか。くそ恥ずかしい。この文章自体が恥ずかしい死因になる。

 

先々週末に買った『善の研究』を、先週末は開いていない。知りたくないのならば、それは私にとって切実でないということだ。

 

このまま知らずうちに死ぬのなら、それまでのこと。

 

もう充分に大人になったような気もするが、まだまだコンティニューしていく。

映画『桐島、部活やめるってよ』

『桐島』はおそらく私の人生で最もフェイバリットなムービーです。DVDはもちろん持っていて、劇場含めて5回くらいは観ている(って言うと少ないじゃん!と言われそうだが、そもそも2時間くらい拘束される映画というコンテンツをあまり摂取しない私にとって、同じものを自ら繰り返し観るということ自体が大変珍しいのだ)
完璧すぎて本編以上の補足も一切必要ないくらい。

宇多丸さんが吉田映画を評して次のようなことを言っていて。

「人というのはある種の夢を見ながらじゃないと生きられないじゃないか。そうじゃないとこの世の中は辛すぎるじゃないか。」

あーもうこの評価だけで泣けてくる。

『桐島』から得られるカタルシスや、誠実だと思えるところは、全体にシビアな世界を描きながらも、ちょっとした奇跡(夢)をエッセンスにしているところ、それから最終的には各登場人物の行く末を描かず開かれた結末になっているところにある。

この「ちょっとした奇跡」というのは何かというと、屋上でほぼ全員が集結するクライマックスもそうだけれど、一番胸に来るのは前田と、沢島や宏樹との会話。前田は、ただ映画を撮りたかっただけなのだけど、その過程でいわば彼らの魂に触れるような瞬間がある。(泣きそうな彼らそれぞれに「大丈夫?」と聞いているシーンがあると思うが、それ)
演じている神木くんスゲエ、と思う。
前田は地味で、オタクで、ちょっとコミュニケーション下手なところがある天然な高校生なんだけれど、その「大丈夫?」の瞬間には、相手に臆さず他者と対峙できるような人間性を垣間見せていると思う。結構大人じゃんと思うんだけど、それまでの前田のふるまいとのギャップを感じさせない実に自然な感じというか、浮いてない、実在感が、神木くんスゲエと思う。私だったら、高校時代に、学校生活で二度と言葉を交わすか交わさないかぐらいの関係の相手が目の前で泣きそうになっていても言葉をかけられないと思う。前田は実はすごい胆力のあるキャラクターなのだ。でも『桐島』のなかではあくまで「冴えない奴」のままで最後まで居て、マジこの演技のバランススゲエ。

現実には、リア充のトップが「将来何になりたいの?」とか直接聞いてくれることとか、何か大きな気持ちを抱え込んだ女子に理由を言えないお願いごとをされるなんてことは、たぶん、無い。

でも『桐島』のなかではあったし、そのおかげで、前田と話せたおかげで、沢島も宏樹もひとつすすむことができた。これこそ奇跡じゃないか。

一生同じ夢を見ないもの同士が、交差して、ある決定的な影響を与えることがある。
そんな奇跡があるのなら、この人生の貴重さに涙してしまってもしょうがないじゃないか。ああ。

5年ぶりくらいに漫画喫茶行った話とか書こうと思っていたけど土日終わっちゃいました。

 

映画『桐島、部活やめるってよ』を久しぶりに観て1週間ぶりくらいに泣いた。

宇多丸さんのレビューを訊いてから観返したのだけど、フィクションがなければこの世界を生きるのはあまりに辛すぎる。

今週は、週頭からもやもやーっとすることが発生&セミナー準備でタスクビジーでした。

それでも、自分が出来ることをやる、あとは天に任せる、シャワーとご飯と睡眠は機械的でもこなす、で乗り切る。

金曜日には一段落したおかげで、ご褒美みたいに束の間ほっと出来る一日でした。

 

土日ですね。いつもあっという間で一瞬のお休み。

私は何のために生きているのか?

人生はエンターテインメントのように落ちは無い、安心したいから意味を問うだけだとわかっていても、

そういうクエスチョンを心に留めながらの生活です。