はまったものメモ

Twitterのプロフィール欄にはまったものの羅列をしていたのだけど、文字数も足りなくなってきたのでこちらにメモ。
はまったかどうかの基準は「これは、自分こそが語ることの出来るものだ、と思わせられたかどうか」。

2015年頃から触発されやすくなったと思う。新しいものを受け容れることへの抵抗はすくなくなった。情熱を注ぐ対象が増えるのは良いことだ。
特定のキャラクターに熱をあげることは多々ある。ただ、あまり長期(一年以上とか)にわたって一つのタイトルを追うことはない。基本気質がオタクでミーハーなんだと思う。
一旦落ち着くと、しばらく触んなかったりもするけど、それはそれで良いと思ってる。好きな時に好きなものを摂取してます。
ただ、もっと自分の言葉で語れるようにはなりたい。


HUNTER×HUNTER(2015年7月~)
娯楽かつ倫理観を揺さぶるような作品を描く冨樫義博という神に今更出会いました。レベルEも大変素晴らしかったです。キルアとゴンの関係性の描写にも揺さぶられます。

おそ松さん(2015年11月~)
キャラクターメイキングがやばい。あと、脚本の松原秀さんというクリエイターに出会えた。「お笑い」というジャンルの可能性を知った。パッケージやグッズ、雑誌等にもお金を注いだ。

轟焦凍(2016年7月~)
単体キャラクター推しです。バトルもの少年漫画らしくゴリゴリの設定で、「出生にトラウマ抱えたキャラなんかに今更ハマるかよ!」くらいの気持ちだったのですが、彼のしなやかさと繊細さと素直さに負けました。。

モブ霊(2016年8月~)
CP推しです。これに関しては2次を愛でる割合が高かったです。私の理想。

トウテムポール先生作品(2017年4月~)
作家推しです。東京心中を読むことで、或るアホウの一生の読み方までわかった気がしました。

将棋(2017年 指す将5月~ 観る将6月~)
或るアホウ~の流れを汲んでいますが、四段フィーバーに完全に乗りました。
GWに将棋のルールを覚えた後で、棋士にも流れました。
勝敗のあるものに久しぶりにはまった。三次元にも久しぶりにはまった。


次点のプチフィーバー:私がモテてどうすんだ(2016年10月~)、ユーリ!!!onICE(2016年10月~)、文豪とアルケミスト(2016年11月~) 


あと何か忘れてないかな? あったら追記する。
好きなものがたくさんある世界は美しいな。

気が狂いそうでも普通さ

どうも最近調子が、良くない。

いままで自分が前提としていたことを捨てて、考えなければならないようだと感じている。

理由はいろいろあるが、ここでは3点記しておく。
ひとつには、私にとって重要な相談相手の人々に、これからは今までのように接することができないようなのだ。
この5年ほどの間に、就活~卒業~就職を経た。また、イベント運営も行い、ある種の“夢”は叶った。その間、彼らに相談し、指標を与えられ、勇気づけられることが多かった。ときには安心を求めてきた。お陰でやってこれたし、ある種類の自信がついた。

しかし、その彼らに対して相談できる環境というのが、変わっていくらしい。頼りたい時に頼れなくなる。私と彼らは友人であり、家族ではなく他人同士なので、環境や立場の変化によって、そういうことはこれまで何時起こってもおかしくはなかった。依って立つところ、衣食住や経済基盤は別で、どちらかというと趣味や主張の面での同志である場合には、当然、関わり方の変容は、有り得る。

しかし実際、困る。色々と考えなおさないといけない。

次に、近ごろ、職場のなかでの立ち位置の変化が起こっている。一言で言うと私は「中堅」となった。昨年後半~今年にかけて、新しいプレッシャーがかかっている。
自分で覚悟する前に立場が変わって来た、というのが実際だ。充実はしているものの、そのぶん余裕がなくなっている。慣れないことをしている。
私の脳は、ある程度働き続けると、熱暴走したパソコンと同様、寝かせる時間が必要だ。いろいろなことを処理し終える前に翌朝や翌週を迎えるので、消化不良だ。
おそらくこれからも、次々に新しい課題が与えられるのだろう。

最後に、これは抽象的なことだけれども、いままで知らなかったような人生の重みが、少しずつ増して来た。ありていに「しがらみ」と言ってしまえばそれまでだけれども。就活の時のような、行先のない不安とは違う不安。私が生きていることに責任が発生しているという重圧。じゅうぶんな幸せを享けているとは思うのだが、幸せにも重りがついている。世の中の多くの人は、こういう重圧を引き受けているのだろうか。


これらのことを前にして、
私はいま、考える指標を見失っているようだ。
どうしよう。

この土日に考えていたのだけれど、ヒントのひとつ。
いまだに私が憧れていて、かつ遠く感じているものに「批評」や「思想」がある。私がかつて面白い・格好いいと思った「批評」を、私もやってみたい。その気持ちは有る。そして、出来ていない。面白いものを追いかける姿勢は、忘れていないつもりだけれど、私がここでいう憧れの「批評」は、他人に届けるもの。私が他人に届ける術は、未だ無い。
このままで居て、私は「批評」が出来るのだろうか。



ヒバナ連載中の『或るアホウの一生』最新話で、良い台詞があった。
対局に敗れ「一番なりたくなかった普通になってしまう」と精神的にも打ち負かされた林田と、彼と同期である迫の会話。

林田「帰ったらまたいつも通りさ 普通の生活が待ってる。」
迫「普通ねぇ。
 俺からしたら結婚して子ども育てようと思ってるほうが、よっぽど狂気の沙汰だけどな。」
(あっけにとられたような林田の表情)
林田「は
    ははは…」
  「はは

    そうか
   普通なんてないんだねここには。」


何をやっても狂うのが人の一生ならば、後悔だけはしないと誓いたい。

成長

成長するって何なんでしょうか。

出来ることが多くなることでしょうか。

でも、「成長」して、出来ることが多くなって、周りから認められて、偉くなって、影響力が大きくなるとする。そしたら、人を傷つけることも出来る。正しいかどうか分からないことを、これは正しいんだと、他の人に言い聞かせることもできる。

どんなに成長しても、出来ないこともある。成長すると、それが分かってしまう。

 

成長したら、安心するんでしょうか。不安から解放されるんでしょうか。

「成長し終わった」状態は、おそらく、ありません。ひとつ成長すると、もっと大きく、強くなりなさいと、呼びかけられます。

また、大事な教えを与えてくれた、頼っていた人物からも、いずれは離れなければならないかもしれません。なぜなら成長とは、変化することであり、変化するとは新しさを受け入れることだから。

新しいことは常に不安を伴います。

成長にとらわれる限り不安はなくなりません。

 

それでも「成長」を口にしてしまう私は、何なのでしょうか。

 

矢倉囲い

 今年のゴールデンウィーク、最終日です。
 本を読んだり映像みたりご飯食べたりしながら将来のことも考えていました。
 A or Bだとして、その間をいったりきたりしながら、何かを決めていくんだろうと思います。

 

 将棋のルールを覚えました。将棋で勝つのは基本難しくて、時間を使って勉強しないと勝てません。「こまお」という超弱い(らしい)初心者向けプログラム相手に指しています。最初は10枚落ちでも勝てませんでしたが、4日で2枚落ちまでは勝てるようになりました。平手には一勝もしてません。大駒があるとないとで、全然別のゲームになるんですね。攻守両方について、盤面全体を見て危険をなくさないといけません。そして戦略の構想がないと、動けなくなってしまいます。矢倉囲いと棒銀攻めは覚えました。勉強して、何局も指さないと、強くなれないんですね。
 公私ともうまくはいかないことばかりなのに、何故また趣味でも考え事を増やしてしまうんだろう。

 今日は『或るアホウの一生』1巻から高以良瞬の独白を引用します。
「オレだってこんなセコい手使いたくないよ。
 もっとすごい手とか使ってさ。
 すっごい棋譜残してさ。
 みんなにすごいって言われたい。

 でもわかったんだよ
 好きだからやりたい?
 金が必要だからやりたい?
 そんなの甘っちょろいんだよ!!
 オレはただのバカじゃないって気づかれたいんだよ。

 オレは今までの人生全部がムダじゃなかったって証明したいんだよ。
 自分の力見てもらいたくて何が悪いんだ。

 オレはここにいるって証明したいんだよ!」
 (トウテムポール『或るアホウの一生』1巻168-171頁)

水俣病記念講演会

4月29日に光円寺本堂で行われた「第16回水俣病記念講演会」に行ってきた。


なぜわざわざ足を運んだのかというのは色々偶然もあるのだけれど、まず数年前に博多駅水俣病の展示をみたということがある。もともと水俣病に対するイメージは、教科書的な、公害病の代名詞というくらいの認識しかなかった。展示をみたことで、水俣病とは、人類がすすめてきた産業発展と、その時代に生きた普通の人間との間に発生した歪みなのだなあと知った。人がいかに生きるべきか、社会は何を選択すべきかという一筋縄でない問いにつながっており、そういう意味で興味を持っている。
そして今回直接的には、司会の奥田愛基をみてみたい、というミーハー心が動機になった。最近文化講演のたぐいも聞いてないしな、気軽に行こう、というわけである。
4人の講演者が立ったが、やはり当事者の語りというのは圧倒的で、最後にお話された水俣病患者の緒方氏の言葉には心動かされるものがあった。

ここからが本題なのだが、
講演者のひとりである原一男監督が「生活者」と「表現者」の話をされた。前者は自分の幸せのために生きる人。後者が他人(社会)のために生きる人。「公利公欲」という言葉も出しながら説明された。
私が思うに、誰でもが「生活者」であり且つ「表現者」である。そのどちらの割合が高いか低いかという違いはあるけれど。

トウテムポール作品の登場人物たちも、たとえば宮坂は恋人と一緒に寝食をともにする日々を愛する「生活者」である。その一方、矢野や橘は「映画への泥沼の中でもがく」「表現者」である。
同時に宮坂も、矢野とともにあるうちに映像編集の世界に足を踏み入れた「表現者」の一面を持っている。矢野や橘も、己の幸せとの関係のなかで映像と関わっている「生活者」である(そうでなければ矢野は宮坂と恋人にならないし、橘は有名監督の息子として葛藤することすらそもそも無いだろうし、わざわざ矢野を尊敬してTV映像制作に留まることも無いだろう)。

私はここ数日、彼らのそういう姿にたいへん勇気づけられている。
というのも、私はどのような「表現者」であるべきか? ということが、私の最近の悩みだったからだ。
「生活者」であることを素直に肯定しつつ、生活することのしんどさと愛しさをたっぷりと表現すること。一方で「表現者」として成就するかもわからない希望を抱きながら地味な努力を続けること、烈しい心情を抱えて日々を生きること。そういう態度をトウテム作品から受け取ることが、私の気持ちにも良い薬になった。

原監督の提起を受けて、今私の中でアツいトウテム漫画についてそのようなことを思った。
また、私の2歳年下である奥田さんの仕事ぶりも刺激になった。
……で、改めて、私はどのような「表現者」であるべきか? 未だ結論は出ない。

トウテムポール『東京心中』シリーズ ※はるのしんぞうネタバレあり

 

東京心中 コミック 1-6巻セット (EDGE COMIX)

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「明け方の告白」はどんな奇跡を起こしたか

はるのしんぞう-東京心中・6- (EDGE COMIX)収録の「明け方の告白」、いやーーー、傑作でした。

ワンコ系新米ADと、映画監督志望寡黙上司の、映像制作お仕事物語+恋愛物語(BL)。キャラクターの心の動き、7冊通じての変化が丁寧で、感動しました。
イチャラブ&すれ違いのドタバタや、仕事上の信条のぶつかりあいなどのストーリーラインも普通に楽しいですが、トウテムポール先生の漫画で肝と思われるのは、ユルい生活感。
何気ない生活の一描写で、明確な伏線とされていなくても、暗にキャラクターの気持ちや行動に影響を与えているんだろうなと思わせる出来事がピースのようにちりばめられていて、楽しいです。

そして「明け方の告白」は、メインの二人が、「恋人」から「家族」へと変わった、とっても大事なエピソードでした。「恋人」から「家族」へと言っても、同居して、ごはん食べて、仕事して、という生活は変わりません。ただ、お互いに、「これからもずっとこうしていくんだ」という意志確認をしたのです。それだけのことが、何故感動的なのか。まず、二人が互いに向き合う過程がきちんと描かれています。また、日々の生活をしていく一見普通なことが、実はとても貴重なことだというメッセージが受け取れるからではないでしょうか。


中身について具体的に語りましょう。以下、新米ADくん=宮坂、寡黙上司=矢野として説明します。
宮坂=いわゆる攻、矢野=いわゆる受であり(つまり部下×上司です)、宮坂は常に矢野に対する好意を率直に発信し恋人に尽くそうとする青年です。一方、矢野は宮坂といることが嫌ではなさそうではあるが、基本的に淡泊であり、仕事第一で、自分のこだわりを優先するあまり他人に構わないところがあります。

この「明け方の告白」というエピソードでは、山間にある廃村に、宮坂と矢野が二人だけでロケハンに行った、その道中を描いています。
山間を歩いている最中、ずっと矢野は悩んでいます。なぜなら、この前のエピソードにて、彼はプロデューサー仲間である吉川から「宮坂くんのやる気出さして」「ちゃんとプロデューサーとしてディレクターのやる気出させろって言ってんの!!」と詰められていたからです。実は以前より宮坂は、矢野との関係のことで悩んでいました。

矢野が宮坂に対してどう振る舞えばよいのか、最も悩んだのがこの時です。彼は吉川の言う「彼女のご機嫌とりではなく、ちゃんとプロデューサーとしてディレクターのやる気を出させる」ということの意味を捉えかねていました。ご機嫌とり(=気の向いた時に好物をおごってやったり、たまにはサービスでキスしてやったり)と、ディレクターのやる気を出させる(=宮坂の仕事のモチベーションをあげてやる)ということの違いが分からなかったからです。
宮坂が仕事上でヘルプサインを出すような状況になって、矢野は改めて自問せざるを得なくなりました。宮坂に対して自分は、どんな影響を与えているというのか?

そして彼は悩んだ末、「どうすればいい…?」と宮坂に問いかけます。「どうしたらいいのかわからない」「そもそも普通に喜ばせることだって……」と吐露します。人付き合いに不器用な彼は、宮坂に対しても言葉足らずな面が多々ありました。普段自分勝手なふるまいをしてはばからない彼も、今は、恋人との付き合い方に悩んでいるのです。そして、それを初めて言葉にすることが出来ました。まずこの時点で新しい一歩です。

次に矢野の言葉を受けた宮坂の反応です。まず「それは……!!」「…………」と珍しく言葉を失ってしまいます。彼はそっけない矢野の態度に、恋人としてずっと不安を感じていました。最初はただ横にいるだけでよかったのに、今は期待したり、がっかりしたりしてしまう、そんな自分の変化を感じて、モヤモヤしていました。そして矢野に「どうすればいい…?」と問いかけられてはじめて、「矢野さんずっとこんなこと考えてくれてたのかな」「オレの方こそ考えなきゃならないことなんじゃないか?」という考えに至ります。矢野が自分の迷いをちゃんと言葉にしたからこそ、宮坂の心にも変化が起きました。

お互いの考えていることがわからなくて、悩んでいるから、まずは自分の気持ちを言葉にしてみる。そして、お互いのことを考える。ここで手探りながらもコミュニケーションが起こりました。

そして最終シーン。二人は目的地である山間の橋にたどり着きます。時刻は日の出前。矢野に指示されて橋の上へ走って向かう宮坂は、自分の気持ちを問います。そして橋の上から、告白をするのです。
「オレのすべては矢野さんとの生活なんです」
「矢野さんに何かしてほしいわけでもない」「でも横にいるだけでもない」
「その日あったことをただ家で話をしたい(略)そんなどうでもいい話をしたりとか 気持ちを共有したりとか」「そういう生活がオレの仕事の糧なんです!!」
「そんなオレと生活を共にしてほしいんです!! 矢野さん!!オレの家族になってください!!」と。

笑顔で「いいよ」とピースサインで応える矢野、かくして二人は「恋人」から「家族」へとなったのでした。

それは、いつのまにか始まった、どの時点からかも分からないような曖昧な交際関係だったけれども、既に互いが互いの人生に深く関わってしまっていることを確認した瞬間でした。それは「どうでもいい話をしたりとか」何でもないようなことです。矢野の返事が「いいよ」という気負わないものであったように、自然なことです。
互いの考えていることが分からない、どうしたらいいのか分からないモヤモヤから、ああ簡単なことだったんだ、ただ「共にある」ということなんだ、というスッと晴れる感覚。
二人の関係が、また、一歩深くなりました。互いの気持ちはすぐに分からなくなる、不安になる、悩んでしまう。でも勇気を出して言葉にして、互いを思い合えば、きっと大丈夫。小手先の「ご機嫌とり」頼みでない、強い関係をつくれる。仕事や夢も含めた一人の人間として向き合うことが出来る。そんな希望を持てるエピソードでした。

 

やっぱり矢野のベストパートナーは宮坂である

矢野が迷いを言葉にするよりも前のシーンで、一見告白シーンとは関係なさそうな会話があります。
矢野は宮坂に、今自分たちが歩いている廃村は映画の影響でかつてリゾート地化していた土地だ、ということを教えます。そして「映像の影響力っていうのはすごいよな 関係ない人の人生まで変えてしまったりする」と零します。
それに対し宮坂は、道端にあった地蔵を発見し、「人が生活していた跡がありました」と言って手を合わせ、「確かに何かに影響を受けて変わることはありますけど 外からの影響でその人自体が変わる出来事ってないと思いますよ」と矢野に語りかけます。「矢野さんまるで何か思いつめてる感じがして…」と。

それに対して矢野は何も言いません。しかし、直後に無言の矢野のコマが描かれていることから察するに、これは宮坂らしい語り掛けであり、矢野にとって、矢野自身にはないもの、何かを感じたことは間違いないと思います。

何だったのか? 仮説ですが、それは、「人と関わることは悪くない」「人に影響を与えることは怖くない」「自分は既に人と関係してしまっている」だったのではないでしょうか。

「映像の影響力っていうのはすごいよな 関係ない人の人生まで変えてしまったりする」という矢野の言葉は、映像=矢野が生涯を捧げているもの=転じて矢野自身の存在、その重さを彼が実感しつつあることを暗に表現しているのではないでしょうか。そして、「関係ない人」というのは、元は他人だった宮坂のことを含んでいるのではないでしょうか。
彼は宮坂からの色んなアプローチを「めんどくせー」と言って切ってきたために、その積み重ねが歪みを生んでいました。そして第三者から指摘されて、はじめて悩むようになりました。
そんな矢野の悩みを知らないはずの宮坂が言ったことは、矢野からの影響がどんなに大きくったって自分は自分だ、大丈夫ですよ、というメッセージにも受け取れたのではないでしょうか。

そんな風に、無自覚に矢野を支えることが出来る存在である宮坂は、やっぱり彼のベストパートナーではないでしょうか。そして「関係ない人」への影響力を恐れていた矢野が、誰よりも関係が深い「家族」となることを、自然体で引き受けることが出来るようになったのも、つまりは宮坂の存在が矢野を軽くしたということなのだと思います。

買った本(2017年3月)

レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ(4) (イブニングコミックス)

波よ聞いてくれ(3) (アフタヌーンKC)

マスタード・チョコレート

僕たちがやりました(8) (ヤングマガジンコミックス)

知らない顔 (バーズコミックス ルチルコレクション)

心を殺す方法 1 (onBLUEコミックス)

心を殺す方法 2 (onBLUEコミックス)

媚の凶刃(1)

BLUE GIANT コミック 1-8巻セット (ビッグコミックススペシャル) (9巻まで)

残像に口紅を (中公文庫)

ヒストリエ(10) (アフタヌーンコミックス)

ムシヌユン 4 (ビッグコミックス)

或るアホウの一生 2 (ビッグコミックス)