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トウテムポール『東京心中』シリーズ ※はるのしんぞうネタバレあり

 

東京心中 コミック 1-6巻セット (EDGE COMIX)

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「明け方の告白」はどんな奇跡を起こしたか

はるのしんぞう-東京心中・6- (EDGE COMIX)収録の「明け方の告白」、いやーーー、傑作でした。

ワンコ系新米ADと、映画監督志望寡黙上司の、映像制作お仕事物語+恋愛物語(BL)。キャラクターの心の動き、7冊通じての変化が丁寧で、感動しました。
イチャラブ&すれ違いのドタバタや、仕事上の信条のぶつかりあいなどのストーリーラインも普通に楽しいですが、トウテムポール先生の漫画で肝と思われるのは、ユルい生活感。
何気ない生活の一描写で、明確な伏線とされていなくても、暗にキャラクターの気持ちや行動に影響を与えているんだろうなと思わせる出来事がピースのようにちりばめられていて、楽しいです。

そして「明け方の告白」は、メインの二人が、「恋人」から「家族」へと変わった、とっても大事なエピソードでした。「恋人」から「家族」へと言っても、同居して、ごはん食べて、仕事して、という生活は変わりません。ただ、お互いに、「これからもずっとこうしていくんだ」という意志確認をしたのです。それだけのことが、何故感動的なのか。まず、二人が互いに向き合う過程がきちんと描かれています。また、日々の生活をしていく一見普通なことが、実はとても貴重なことだというメッセージが受け取れるからではないでしょうか。


中身について具体的に語りましょう。以下、新米ADくん=宮坂、寡黙上司=矢野として説明します。
宮坂=いわゆる攻、矢野=いわゆる受であり(つまり部下×上司です)、宮坂は常に矢野に対する好意を率直に発信し恋人に尽くそうとする青年です。一方、矢野は宮坂といることが嫌ではなさそうではあるが、基本的に淡泊であり、仕事第一で、自分のこだわりを優先するあまり他人に構わないところがあります。

この「明け方の告白」というエピソードでは、山間にある廃村に、宮坂と矢野が二人だけでロケハンに行った、その道中を描いています。
山間を歩いている最中、ずっと矢野は悩んでいます。なぜなら、この前のエピソードにて、彼はプロデューサー仲間である吉川から「宮坂くんのやる気出さして」「ちゃんとプロデューサーとしてディレクターのやる気出させろって言ってんの!!」と詰められていたからです。実は以前より宮坂は、矢野との関係のことで悩んでいました。

矢野が宮坂に対してどう振る舞えばよいのか、最も悩んだのがこの時です。彼は吉川の言う「彼女のご機嫌とりではなく、ちゃんとプロデューサーとしてディレクターのやる気を出させる」ということの意味を捉えかねていました。ご機嫌とり(=気の向いた時に好物をおごってやったり、たまにはサービスでキスしてやったり)と、ディレクターのやる気を出させる(=宮坂の仕事のモチベーションをあげてやる)ということの違いが分からなかったからです。
宮坂が仕事上でヘルプサインを出すような状況になって、矢野は改めて自問せざるを得なくなりました。宮坂に対して自分は、どんな影響を与えているというのか?

そして彼は悩んだ末、「どうすればいい…?」と宮坂に問いかけます。「どうしたらいいのかわからない」「そもそも普通に喜ばせることだって……」と吐露します。人付き合いに不器用な彼は、宮坂に対しても言葉足らずな面が多々ありました。普段自分勝手なふるまいをしてはばからない彼も、今は、恋人との付き合い方に悩んでいるのです。そして、それを初めて言葉にすることが出来ました。まずこの時点で新しい一歩です。

次に矢野の言葉を受けた宮坂の反応です。まず「それは……!!」「…………」と珍しく言葉を失ってしまいます。彼はそっけない矢野の態度に、恋人としてずっと不安を感じていました。最初はただ横にいるだけでよかったのに、今は期待したり、がっかりしたりしてしまう、そんな自分の変化を感じて、モヤモヤしていました。そして矢野に「どうすればいい…?」と問いかけられてはじめて、「矢野さんずっとこんなこと考えてくれてたのかな」「オレの方こそ考えなきゃならないことなんじゃないか?」という考えに至ります。矢野が自分の迷いをちゃんと言葉にしたからこそ、宮坂の心にも変化が起きました。

お互いの考えていることがわからなくて、悩んでいるから、まずは自分の気持ちを言葉にしてみる。そして、お互いのことを考える。ここで手探りながらもコミュニケーションが起こりました。

そして最終シーン。二人は目的地である山間の橋にたどり着きます。時刻は日の出前。矢野に指示されて橋の上へ走って向かう宮坂は、自分の気持ちを問います。そして橋の上から、告白をするのです。
「オレのすべては矢野さんとの生活なんです」
「矢野さんに何かしてほしいわけでもない」「でも横にいるだけでもない」
「その日あったことをただ家で話をしたい(略)そんなどうでもいい話をしたりとか 気持ちを共有したりとか」「そういう生活がオレの仕事の糧なんです!!」
「そんなオレと生活を共にしてほしいんです!! 矢野さん!!オレの家族になってください!!」と。

笑顔で「いいよ」とピースサインで応える矢野、かくして二人は「恋人」から「家族」へとなったのでした。

それは、いつのまにか始まった、どの時点からかも分からないような曖昧な交際関係だったけれども、既に互いが互いの人生に深く関わってしまっていることを確認した瞬間でした。それは「どうでもいい話をしたりとか」何でもないようなことです。矢野の返事が「いいよ」という気負わないものであったように、自然なことです。
互いの考えていることが分からない、どうしたらいいのか分からないモヤモヤから、ああ簡単なことだったんだ、ただ「共にある」ということなんだ、というスッと晴れる感覚。
二人の関係が、また、一歩深くなりました。互いの気持ちはすぐに分からなくなる、不安になる、悩んでしまう。でも勇気を出して言葉にして、互いを思い合えば、きっと大丈夫。小手先の「ご機嫌とり」頼みでない、強い関係をつくれる。仕事や夢も含めた一人の人間として向き合うことが出来る。そんな希望を持てるエピソードでした。

 

やっぱり矢野のベストパートナーは宮坂である

矢野が迷いを言葉にするよりも前のシーンで、一見告白シーンとは関係なさそうな会話があります。
矢野は宮坂に、今自分たちが歩いている廃村は映画の影響でかつてリゾート地化していた土地だ、ということを教えます。そして「映像の影響力っていうのはすごいよな 関係ない人の人生まで変えてしまったりする」と零します。
それに対し宮坂は、道端にあった地蔵を発見し、「人が生活していた跡がありました」と言って手を合わせ、「確かに何かに影響を受けて変わることはありますけど 外からの影響でその人自体が変わる出来事ってないと思いますよ」と矢野に語りかけます。「矢野さんまるで何か思いつめてる感じがして…」と。

それに対して矢野は何も言いません。しかし、直後に無言の矢野のコマが描かれていることから察するに、これは宮坂らしい語り掛けであり、矢野にとって、矢野自身にはないもの、何かを感じたことは間違いないと思います。

何だったのか? 仮説ですが、それは、「人と関わることは悪くない」「人に影響を与えることは怖くない」「自分は既に人と関係してしまっている」だったのではないでしょうか。

「映像の影響力っていうのはすごいよな 関係ない人の人生まで変えてしまったりする」という矢野の言葉は、映像=矢野が生涯を捧げているもの=転じて矢野自身の存在、その重さを彼が実感しつつあることを暗に表現しているのではないでしょうか。そして、「関係ない人」というのは、元は他人だった宮坂のことを含んでいるのではないでしょうか。
彼は宮坂からの色んなアプローチを「めんどくせー」と言って切ってきたために、その積み重ねが歪みを生んでいました。そして第三者から指摘されて、はじめて悩むようになりました。
そんな矢野の悩みを知らないはずの宮坂が言ったことは、矢野からの影響がどんなに大きくったって自分は自分だ、大丈夫ですよ、というメッセージにも受け取れたのではないでしょうか。

そんな風に、無自覚に矢野を支えることが出来る存在である宮坂は、やっぱり彼のベストパートナーではないでしょうか。そして「関係ない人」への影響力を恐れていた矢野が、誰よりも関係が深い「家族」となることを、自然体で引き受けることが出来るようになったのも、つまりは宮坂の存在が矢野を軽くしたということなのだと思います。