映画『桐島、部活やめるってよ』

『桐島』はおそらく私の人生で最もフェイバリットなムービーです。DVDはもちろん持っていて、劇場含めて5回くらいは観ている(って言うと少ないじゃん!と言われそうだが、そもそも2時間くらい拘束される映画というコンテンツをあまり摂取しない私にとって、同じものを自ら繰り返し観るということ自体が大変珍しいのだ)
完璧すぎて本編以上の補足も一切必要ないくらい。

宇多丸さんが吉田映画を評して次のようなことを言っていて。

「人というのはある種の夢を見ながらじゃないと生きられないじゃないか。そうじゃないとこの世の中は辛すぎるじゃないか。」

あーもうこの評価だけで泣けてくる。

『桐島』から得られるカタルシスや、誠実だと思えるところは、全体にシビアな世界を描きながらも、ちょっとした奇跡(夢)をエッセンスにしているところ、それから最終的には各登場人物の行く末を描かず開かれた結末になっているところにある。

この「ちょっとした奇跡」というのは何かというと、屋上でほぼ全員が集結するクライマックスもそうだけれど、一番胸に来るのは前田と、沢島や宏樹との会話。前田は、ただ映画を撮りたかっただけなのだけど、その過程でいわば彼らの魂に触れるような瞬間がある。(泣きそうな彼らそれぞれに「大丈夫?」と聞いているシーンがあると思うが、それ)
演じている神木くんスゲエ、と思う。
前田は地味で、オタクで、ちょっとコミュニケーション下手なところがある天然な高校生なんだけれど、その「大丈夫?」の瞬間には、相手に臆さず他者と対峙できるような人間性を垣間見せていると思う。結構大人じゃんと思うんだけど、それまでの前田のふるまいとのギャップを感じさせない実に自然な感じというか、浮いてない、実在感が、神木くんスゲエと思う。私だったら、高校時代に、学校生活で二度と言葉を交わすか交わさないかぐらいの関係の相手が目の前で泣きそうになっていても言葉をかけられないと思う。前田は実はすごい胆力のあるキャラクターなのだ。でも『桐島』のなかではあくまで「冴えない奴」のままで最後まで居て、マジこの演技のバランススゲエ。

現実には、リア充のトップが「将来何になりたいの?」とか直接聞いてくれることとか、何か大きな気持ちを抱え込んだ女子に理由を言えないお願いごとをされるなんてことは、たぶん、無い。

でも『桐島』のなかではあったし、そのおかげで、前田と話せたおかげで、沢島も宏樹もひとつすすむことができた。これこそ奇跡じゃないか。

一生同じ夢を見ないもの同士が、交差して、ある決定的な影響を与えることがある。
そんな奇跡があるのなら、この人生の貴重さに涙してしまってもしょうがないじゃないか。ああ。